スカジャンの誕生——横須賀、1945年

スカジャンの起源は、終戦直後の神奈川県横須賀市にある。 戦後、横須賀には米軍基地が置かれ、多くのアメリカ兵が駐留した。 彼らの一部が「お土産用のジャケット」として、地元の職人に発注したのがスカジャンの原型だ。

「スカ(横須賀)+ジャン(ジャンパー)」を語源とする説が有力で、 ベースはMA-1などのフライトジャケットのシルエット。そこに龍・虎・鷹・桜などのモチーフを刺繍で入れるスタイルが確立された。 アメリカ兵が本国への土産として持ち帰った結果、「ソウベニアジャケット(Souvenir Jacket)」とも呼ばれる。

スカジャンの刺繍
SUKAJAN EMBROIDERY — 刺繍が語る、東洋と西洋の交差点

スカジャンを彩る刺繍モチーフの意味

スカジャンに刺繍されるモチーフは、単なる装飾ではない。 それぞれに深い意味と歴史が込められている。

🐉
龍(ドラゴン)
強さと繁栄の象徴。東アジア全域で最も人気の高いモチーフ。
🐯
朝鮮半島で特に愛されるモチーフ。勇気と守護を意味する。
🦅
鷹・鷲
アメリカ兵が好んだ自由と力の象徴。背面の大モチーフに多い。
🌸
日本の美意識を象徴する花。儚さと美しさを表現する。
🗻
富士山・山
日本の風景を代表するモチーフ。永遠性と安定を象徴。
🐟
鯉(コイ)
立身出世・勇気の象徴。韓国でも縁起の良いモチーフとして普及。

韓国への伝播——「수까쟌」として根付いた文化

スカジャンが韓国に伝わったのは、朝鮮戦争(1950〜1953年)後のことだ。 米軍の駐留とともにソウベニアジャケットの文化が韓国にも持ち込まれ、 ソウルや釜山の繁華街に刺繍工房が生まれた。

韓国語では「수까쟌(スカジャン)」と表記され、 特に1970〜80年代にかけて若者ファッションとして定着した。 日本の横須賀スタイルをベースにしながら、虎や鶴など朝鮮半島に縁の深いモチーフが多く採用されたことが、 韓国独自のスカジャン文化を生み出した。

「スカジャンは、日本でもなく、アメリカでもなく、その全部が混ざった服です。
だから今の時代にも、新鮮に映るんだと思う。」

— JacksonSquare Tokyo Shibuya, Creative Director

年表:スカジャンの75年間の旅路

1945〜1950年代
横須賀で誕生
米軍兵士へのお土産として横須賀の職人が制作。龍・虎・桜のモチーフが確立。「ソウベニアジャケット」として認知される。
1950〜1970年代
韓国・東南アジアへ伝播
朝鮮戦争後の韓国に刺繍文化が定着。「수까쟌」として独自の進化を遂げ、虎・鶴モチーフが人気を博す。
1980〜1990年代
日本国内でリバイバル
ヴィンテージブームとともに原宿・渋谷で再評価。バンドやアーティストの着用により「カルチャーアイコン」化。
2000〜2010年代
グローバル展開
欧米のデザイナーがスカジャンをランウェイに採用。ストリートウェアとラグジュアリーの垣根を超えた存在へ。
2020年代〜現在
ソウル×渋谷の再交差
K-POPブームと「本物素材回帰」の流れのなかで、韓国×日本クロスオーバーブランドとしての新たな解釈が生まれている。JacksonSquare Tokyo Shibuyaがその象徴だ。

JacksonSquare Tokyo Shibuya の挑戦

National Point のオリジナルブランド「JacksonSquare Tokyo Shibuya」は、 この長い旅路を経てきたスカジャン文化を、2020年代の渋谷から再定義しようとするブランドだ。

横須賀の職人技術と韓国の刺繍文化、そして渋谷ストリートの現代的な感性。 その3つを掛け合わせることで生まれる、新世代のスカジャンを追求している。

特徴的なのは、バックボディに施す大判刺繍だ。 伝統的なドラゴン・タイガーモチーフをベースにしながら、現代的な配色と抽象化された線画で再解釈する。 「懐かしいのに新しい」という感覚——それが JacksonSquare の核心にある美意識だ。

スカジャンを選ぶということ

スカジャンは、ただのアウターではない。 それを着ることは、75年間に渡る文化的な旅路を身に纏うことだ。

横須賀の職人が針を刺した夜から、韓国の若者が街を闊歩した昭和の記憶、 そして今、渋谷のキャットストリートで新世代が着こなすその瞬間まで—— すべてが一着のスカジャンに凝縮されている。

「なぜこの服を着るのか」を問い続ける人にとって、スカジャンは最も答えが豊かな服のひとつだ。 その答えを、National Point は JacksonSquare を通じて届けていく。